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2005年07月23日

十字軍における各勢力の軍勢(アラブ側3)

アラブ側の十字軍時代の勢力を説明するシリーズの第二段です。今回はファーティマ朝の軍勢について説明します。  

ファーティマ朝の軍勢

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(勢力分布図)

ファーティマ朝

 909年〜1171年まで続いたエジプト最初のイスラム王朝。始祖はアル=マフティで、マホメットの娘ファーティマの子孫であると称し、カリフを自称した。シリア半島やヒジャースを領土とし唯一のシーア派王朝として西の後ウマイヤ朝や東のアッバース朝と肩を並べた。10世紀にはカイロを建設し地中海貿易で非常に栄えたがサラディンに滅ぼされてしまう。



近衛隊

 ファーティマ朝は巨富を持ち、団結力と組織力が強く膨大な軍を常時維持する事が可能であったが彼等は非交戦的な民族だったので軍隊は大半は異民族の傭兵であった。
 軍の中核は他の王朝と同じくカリフの近衛隊であり構成員は殆どトルコ系諸民族の奴隷からなる騎馬隊とスーダン近衛歩兵(=黒人兵 アフリカやサバンナ一体に住む人々をスーダン人と呼んでいた)であった。総兵力は5000人程度でこの軍隊には他と違って多くの錬度の高い職業軍人がいたことになる。


 独自の制度

 他の王朝に見られない制度がファーティマ朝には一つある。「青年近衛隊」である。上記の近衛隊と似たような役割を持っていたがメンバーは皆名家の子弟で500人がこの組織を構成していた。彼等は武官としての訓練を受けており、どのような命令も必ず果たすと誓いを立てていた。功を立てたものは出世街道にのる事が出来た。すなわちアミールになれたのである。
セルジューク朝と同じく有力なアミールは小規模な近衛隊を擁しアミールがカリフの下に馳せ参じるときは彼等もアミールについていった。軍の仕官であるアミールには三つの階級があった。各種部隊を指揮できる「金鎖のアミール」、カリフの護衛をまかされた「剣を持つ者」そして王宮の従者と一緒に軍の騎兵隊となった「小アミール」である。この小アミールの騎兵隊より下にはより軽装なアラブ騎兵であるベルベル人騎兵隊が存在した。ファーティマ朝もセルジューク朝と同じく地方予備軍制度を敷いていたのである。


近衛隊以外の兵力

 近衛対以外はすべて徴募兵であった。アラブ人やベルベル人、スーダン人が多かったがセルジューク朝よりも見劣りしていた。スーダン兵は徒歩で戦い、アラブ人や上記で述べたベルベル人は馬上で騎槍(ランス)や剣で戦った。しかしフランク人騎兵は重装備だったので機動性と数で優性にならなければ勝てなかった。基本的にファーティマ軍には弓騎兵は存在しなかったのだ。

ベドウィン

 ファーティマ軍はしばしばアラビア砂漠の遊牧民族のベドウィンを軽騎兵として雇い、軍隊の最外翼に配する事があった。しかしベドウィン族は父系制の社会を持っており、戦士たちは進んで族長の命令に従っていた為、裏切ったり、正規戦では勝つには役立たずであった。それでも各ムズリム王朝や十字軍も彼等をしばしば偵察隊として雇う事があった。



                参考図書「十字軍の軍隊」
                       テレンズ・ワイズ著








 
posted by sinba at 20:06 | Comment(3) | TrackBack(0) | 中世の軍事>十字軍 |ブログランキング・にほんブログ村へ
この記事へのコメント
はじめまして。
トラックバックありがとうございます。
うちとちがって、見やすくまとめられていてすごいです。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by めけ at 2005年07月24日 17:17
はじめまして。
中東史が好きで色々巡っていて辿り着きました。「アラブ側」、大変参考になります! 十字軍には興味がありちらちらと調べてみてはいたものの、このテーマ設定はあまり見かけなかったので、勉強になりました。
ブロガーではないため(wikiだからまあ似たようなものですが)TBはできないもので、コメントで済まさせて頂きます…。
Posted by halcyon at 2005年07月29日 16:48
いやいや。お役に立てて幸いです。これからもどんどん色々なものを書いていきますのでよろしくお願いいたします。
Posted by sinba at 2005年07月30日 13:55
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