農民の日常生活

(重量有輪犂を牛に引かせている農民)
農民の一年
当時の農民達はいわゆる村落共同体に住んでおり、農作業や重要な行事の日程などは共同体全体で決められていた。中世では一年の起点は国や地方によって違っていたのでここでは一年の始まりをクリスマスの行われる12月から始めるとする。
12月
12月はキリスト教が普及する以前は冬至が祝日とされる事が多かった。冬至の次の日からは日が出ている時間が延びていくからである。それゆえ大抵の地方では12月から一年を起点とする事が多かった。欧州の冬は暗く寒い厳しい季節であり、12月は冬篭りのために豚を解体して塩付け肉やソーセージを作る月であった。
1月
一月の名称はローマ時代に家に入り口の神だったヤヌスに由来し、キリスト教にとっては異教の神だったのでこの月から新年を始めるのを嫌がった。しかし世俗の人々にとっては1月1日もまた年の始めの一つであり、クリスマスから新年の祝賀、1月6日の主の公現祭まで宴会が続いた。
2月
2月はは謝肉祭が行われる月である。謝肉祭では盛大な祭りが催され、野球の起源であるスールと呼ばれるスポーツが村対抗で行われた。この謝肉祭が終わると農民達は肉食を断ってわずかな食料で春の復活祭まで極貧生活を耐えなければならなかった。
3月
12月〜3月は農民達はやる事がなかったので上記のように祭りを楽しんでいたが3月にはいると農作業が始まるので遊んでいるわけにはいかなかった。休閑地を重量有輪犂で耕作し、大麦や燕麦などの春麦の種を蒔く。
4月
4月は草が生えてくる時期であり、冬の間家畜小屋に閉じ込められていた家畜が放牧場に放たれる月である。また領主も鷹狩を始め、復活祭も祝われ、肉の断食も終わった。この月が農民達にとって一番の開放感を味わうことの出来る月であった。
5月
五月は一休みの月である。復活祭50日後の聖霊降臨祭があり祝日が多かったのである。
6月
この月から農作業が本格化する月である。休閑地の犂耕や羊の毛の刈り取り、冬に備えて家畜の飼料である干草を作るために草を刈った。この為六月の象徴は草を刈る大鎌となっている。また6月にはケルト時代には最大の祭りであった夏至の祝日を引き継いで洗者聖ヨハネの誕生祭があり、現在でもヨーロッパ各地で火を燃やす行事が残っている。
7月
この月は冬麦の収穫の時期であり、初期は小鎌を使い、麦の茎を刈っていたが中世後期に入ると黒死病によって人口が減少すると効率重視になり大鎌が用いられるようになった。
8月
冬麦の脱穀、夏麦の収穫はこの月に行われた。
9月
りんごや葡萄といった果実の収穫が行われた。
10月
この月は9月に収穫した葡萄をワインに加工する月である。この月は一年の収穫の決算の月であり、この月に大抵の地方で貢租が納められた。ミカエル祭か聖レミの祝日でこの貢租やその他の賃貸料金の支払いが行われた。
11月
この月には次の年のために冬麦の畑が耕され種が蒔かれた。森に実るどんぐりを豚に食べさせていたりもした。
農民の祭り
上記のような一年サイクルに入っている祭りに加えて一章に関わる祭りも人々の日常生活のアクセントになった。例えば子供の誕生の後には教会の洗礼がありその際には親戚や近所の人々が集まって祭りが開催された。婚約や結婚、葬式では若者がその行事を取り仕切る慣習があり新郎が外部から来た場合はワインやご馳走をおごり、年の離れたもの同士の再婚ではその初夜では若者達はシャリヴァリと呼ばれる騒ぎをおこなった。
主な祭りの解説
復活祭
キリストが十字刑に処せられた後復活したことを記念する祝日。春分の日の後の最初の満月の夜に続く日曜日に設定されており、年によって3月22日から4月25日までの間を移動する。
主の公現祭
東方三博士礼拝の祝日。クリスマスイヴからこの日までの二週間の間賦役を課せられることはなかった。
シャリヴァリ
共同体の規範を犯した者に対して行われた儀礼的罰則。村の若者の結婚の機会を奪うような結婚は格好の対象となった。
参考図書「中世ヨーロッパの農村世界」堀越宏一著

トラックバック、ありがとうございます。
実に興味深いホームページですね。
また記事を拝読させていただきますね。
弊ブログの中世ビールの記事からリンクをはらせていただきました。